法話

2570年8月5日 法話

現実と概念との距離は、いったいどれほどあるのだろうか。

さまざまな現実の要因によって、自分は苦境に陥ったと思い、ついには迷いの中へ沈んでしまうことがある。反対に、物事が順調に進んでいると感じ、すっかり得意になることもある。

現実とは、果報である。自分の意に沿わない果報に対して、抵抗感などの否定的な感受が生じれば、人は苦しいと感じる。自分の意に沿う果報に対しては、喜びを感じ、幸せだと思う。

こうした感受を、現実の捉え方や表現に加えると、それが概念となる。そして時がたてば、社会の共通認識となることもある。

現実は現実であり、感受は感受であると知ることが大切である。現実とは、自ら作り出した果である。今ここにある因果を認識することが、善き因果を創り出す出発点となる。そうすれば、感受に左右されて自制を失うこともない。これこそが修行である。

現実の中に生き、概念の渦から離れ、積極的に自らを高め、善へと向かう。その先にこそ、正しい人生が開けてくるのである。

原文

現實與概念的距離有多遠?
因種種現實因素,故自認陷入困境,乃至墮於迷茫。或感順風順水,好不得意。
現實是果報,對不意受的果報產生抗拒等負面覺受,則覺辛苦。對可意受的,則歡喜、感覺幸福。
把覺受加入對現實的形容,便成概念,或久之,成社會共識。
如知現實為現實,覺受為覺受。現實爲自作而成的果,認識現下因果,成創造善因果的由頭,不被覺受影響而失控。這就是修行。
活在現實中,遠離概念漩渦,積極增上向善,正確人生可期

出典:法性宝林 圓悟法師によるご開示