福慧語録

2570年8月7日 謹録 導師の聖言

和訳|福慧語録(059)

人はそれぞれ、過去の累劫多生にわたって造ってきた業因が異なるため、今生に現前する果報もまた異なる。因果の法則は、過去・現在・未来のあり方を決定し、思考と性格は、その人の言葉や振る舞いを左右する。

「人心不同、各如其面」――人の心はそれぞれ異なり、あたかも一人ひとりの顔が異なるようなものである――という言葉がある。外見上は、同じように五蘊を具えた人の姿に見えても、その内心は千差万別である。それゆえ、いかなる凡夫も他人の心を見通すことはできず、当然ながら、自分自身を見通すこともできない。

卓越した智慧を働かせ、まず世間の人や物事への執着を手放すことを学び、次第に世間的な価値観を捨て離れていくことができる。さらに、慈悲の心をもって人々を利し、少しも惜しまず喜捨を行うこともできる。そうして最後には、人生を達観し、さらに自分自身を見究めることができるようになる。

人生を真に達観し、何も求めなくなれば、あらゆることに細かくこだわることも、人を分け隔てして対立することもなくなる。恨みを抱くこともなく、好悪の念からも遠ざかり、一日を通して心はおのずと平穏になる。そして、周囲のすべてを、ただ本来あるがままに受け止められるようになる。

自分自身を見究め、無心となれば、身・口・意は日ごとに浄化されていく。もはや自らに限界を設け、何ができて何ができないか、何が是で何が非であるかと考えることもない。また、どのような境地や目標に達しなければならないと、自らに求めることもなくなる。

そのとき、あらゆる追求はすべて止み、いかなる境界にも泰然と向き合い、自在に受け止めることができる。因果の法則はなお存在するかもしれないが、すでにそれに随順して逆らうことなく、さらには意に介すことさえないのである。

人生を達観したとき、生命の殊勝なる妙味を悟るのに、今この瞬間に勝る時はない。自分自身を見究めたとき、目の前の人や物事をいっそう大切にできることを深く知る。人生を達観すれば、順境や逆境という思いはなくなり、自分自身を見究めれば、晴れやかに、心安らかに生きることができる。

君に勧む 金縷の衣を惜しむこと莫かれ
君に勧む 若さにも老いにも執すること莫かれ
花は開き 花は散り ただ風のまにまに
無心にして無事 去来するものなし

原文|福慧語錄 059

由於每個人過去累劫多生所造業因不同,致使今世現前的果報互異,因果法則決定了過去、現在、未來應當如何,而思考與個性,則左右一個人的言行舉止。有句話說﹝人心不同,各如其面﹞,從外相觀察看似一樣五蘊具足的人形,其內心卻各自展露千差萬別。所以,沒有任何凡夫能看透別人,當然也看不透自己。你可以運用超卓的智慧,先學習放下對世間人事物的執取,且逐漸捨離世間價值觀;你更可以慈悲利濟,毫不吝惜的喜捨。最後,便能看淡人生,進而看透自己。當你對人生真的看淡,又能夠無所求了,這時,凡事不再斤斤計較,不再與人分別對立,沒有仇怨、遠離好惡,二六時中內心自然平和,看待周遭一切都是本來如此。當你對自己看透了、無心了,身口意日趨淨化,不再自我設限,認為何事能、何事不能,何者是、何者非,不再要求必須達到甚麼境界或某種目標。此時此刻,一切的追求全部停止,任何境界都能坦然面對、自在承受。或許因果法則仍舊存在,但你早已隨順無違,甚至不在乎。看淡時,再沒有比當下更加覺悟生命的殊勝妙好;看透時,深知更能珍惜眼前的人事物。看淡人生,所以沒有順逆的念想;看透自己,所以活得暢快、過得舒坦。勸君莫惜金縷衣,勸君莫執少或老;花開花落任飄零,無心無事無去來。

出典:法性寶林聖典圖書館「福慧語錄」