福慧語録

2570年7月28日 謹録 導師の聖言

和訳|福慧語録(045)

人はそれぞれ、今生に具わる天賦の才が異なる。話し方や文章の書きぶりから見ても、理論に長け、学識も豊かでありながら、物事をまとめる力に乏しく、話せば途切れがちで、文章も前後のつながりを欠く者がいる。本人は理路整然と語っているつもりでも、聞く者や読む者は、すでにじれったさを覚えている。

その一方で、学識はさほど豊かでなくとも構成力に優れ、要所を的確に捉えて人の心を打つ者もいる。また、ひとたび筆を執れば神助を得たかのように、言葉が滔々とあふれ出る者もいれば、思考が滞り、筆が進まず、文章が枯渇してしまう者もいる。これらはみな果報のしからしむるところであり、たとえ今生においてどれほど努力しても、乗り越えられる限界はおのずとある。

とはいえ、いずれのタイプであろうと、誠実さと正直さをもって自らを表すことこそ、最も確かな道である。もし虚飾によってひたすら自分を取り繕うならば、たとえその文章や語りが一時は人に受け入れられたとしても、いつか必ずぼろが出る。

惜しむらくは、世間の人々は幼い頃から、自分を「装う」ことを教え込まれている。衣服を着飾るだけでは足りず、化粧を施し、ついには整形にまで及ぶ。その果てに、「金玉其外、敗絮其中」――外見は金玉のように美しくとも、中身は古い綿くずにすぎない――というありさまに陥ってしまう。

語ることも、書くことも同じである。もし華麗な言葉ばかりを連ね、真心と感動を欠いているならば、結局は形式だけに流れ、何ら実質を伴わないものとなる。

言い換えれば、語ることや書くことには、天賦の才があるだけでは足りない。今生における因縁や環境に応じ、そこに調和していくこと、そして心の境地を高めていくこともまた重要である。もし今生にその資質が具わっておらず、そのうえ努力して学ぼうともしないならば、それは机上の空論、絵に描いた餅にすぎず、理想に到達することは難しいであろう。

さらに、修行者の立場から見つめ直すならば、ただ自らの心を内観し、すべての言葉と行いが良知に背かず、他者や社会を傷つけることなく、絶えず自らを向上させ、人と人との和を保ち、人々の利益となるよう努めればよい。

たとえ、「願わくは衆生をして苦を離れしめ、自らは安楽を求めず」とまではいかなくとも、少なくとも「己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」を実践し、さらには「己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す」という境地にまで至ることが望ましい。

そもそも、誰もが凡夫であり、欠点や無知があるのは当然のことである。ゆえに、言葉を殊更に美しく飾り、文章を殊更に流麗に綴る必要はない。ただ自らの意が伝わり、互いに通じ合うことができれば、それで十分なのである。

修行者の皆さん、どうか文章を書くことや言葉を語ることへの執着を手放していただきたい。時間があれば多く書き、多く仏法を語り、妄想にふけることを減らし、雑染にまつわる事柄から遠ざかっていただきたい。

もし仕事と家庭のほかは、ひたすら聖業に専心し、自ら体証して得た心得を世に広く伝えるならば、あなたはまさに真の菩薩である。その人生は、ついには苦難と迷いを脱し、殊勝なる光明に満ちた境地を切り開くであろう。

そのとき、あなたが何を語り、何を書こうとも、すべては肺腑より発する真実の言葉となり、必ずや周囲の人々を摂受し、仏法の広大なる大道へと導くことになるのである。

原文|福慧語錄 045

每個人今生的天賦都不同,從說話或寫文章來分析,有的人理論性很強,學養亦好,但組織能力不足,說起話來斷斷續續,行文之間常前後難以銜接,發表的人覺得自己頭頭是道,聽或看的人卻已不耐;有的人學養不豐,但組織能力強,能給人拳拳到肉、恰如其分的感受;有的下筆如有神助,滔滔不絕;有的腦海停滯,筆尖枯澀。凡此,皆為果報使然,雖今生努力,恐亦突破有限。然而,不管你是哪一種,唯以真誠正直去展現自己才最實在,假如一味虛假掩飾,縱使寫的、說的能讓人接受,也總有穿幫的時候。遺憾的是,一般世間人自小被訓練成要懂得包裝,衣服穿搭還不夠,要化妝,甚至要整容,弄到最後往往是﹝金玉其外,敗絮其中﹞。說與寫亦然!倘若盡用些華麗的詞藻來表詮,缺乏真心與感動,終究會流於形式而毫無實質。換句話說,說與寫,除了有其天賦條件,今生對因緣環境的相應、融入,及心靈層次的提昇也很重要。倘若今生無此天賦,有加上不用功學習,則不過是紙上談兵,畫餅充飢,恐怕難達理想。復次,從修行的立場作觀察,應當只管內觀己心,做到所有的言行皆不違良知,不傷害他人、社會,並且能不斷增上,能維繫人際和諧、利益人群,就算無法做到『但願眾生得離苦,不欲自己求安樂』,至少可以『己所不欲,勿施於人』,進而『己立立人,己達達人』。畢竟都是凡夫,缺點、無知很正常,因此,無須刻意要把話說的多漂亮,把文章寫得多流暢,但求詞能達意,能彼此溝通也就夠了。各位修行人!請放下對寫文章和說話的執著,有空時多寫、多說佛法,少打妄想,少碰觸雜染之事。倘若除了工作、家庭之外,便一心一意從事聖業,並將體證的心得宣揚出來,那你就是一位真實菩薩,你的人生畢竟脫離困阨迷惑,創造一片殊勝光明。這時,不論你說甚麼、寫甚麼,一概出自肺腑,必將攝受周遭的人,引導其邁向佛法的康莊大道。

出典:法性寶林聖典圖書館「福慧語錄」